Tuesday, September 8, 2015

フェイスブックへのばつの悪いコメント

ダンカン・クレエデン(Duncan Cradden)は自分の墓穴を掘るのに熟達している。最近の私が書いた回想録「ビルマから日本へ」から例をとる:

クレエデン氏のコメント「この話は明らかにナンセンスだ。直接自分で得た情報でも無い。」

間違い。この本は回想録だ。定義によると「回想録」とは,過去の出来事について、その関係者の知識や特別な情報源に基づいて著者が回想して記述した記録である。

もちろん回想録の内容が正確なのかどうかは一般にはわからないが,それは机に広げて皆で議論するのに価値がある情報だ。

クレエデン氏は,「マイケルは,そのインド人の著者がまるでそこにいたかのように考えている - 明らかに彼はそこにいなかったし,そこにいたとも言っていない」と書いた。

これはクレエデン氏にとってのばつの悪いコメントその2だ。そのインド人の著者は「我々が目撃した出来事・・・」と書いている。

クレエデン氏はイギリス人だ。インド人の著者によって書かれた文章は嫌いだろう。インドが独立を勝ち取ることに米国と日本の双方が手を貸したことも気にくわないだろう。

極めて広大な領地を失ってしまった帝国の民として,この手の話に深く傷つき感情的になってしまうのも無理も無い。しかしそれらの感情はこの情報を変えることはない。 — 正しいか正しくないか — これは感情的にならずに議論するのに価値ある情報だ。

西洋のアジアにおけるかつての帝国の民の怒りの正体は,日本が非常に多くの国が独立してしまう条件を実際に整えてしまったことだ。住民達は一斉に蜂起し,米国もその独立が確定するのを助けた。

第二次大戦後,かつての帝国,すなわちイギリス,フランス,オランダは以前の占領地を再びがつがつと食い荒らすために引き返してこようとした。しかし日本は独立の種をまいていた。独立の動きは加速し,米国は帝国主義者達がやってくるのを食い止めた。あとは知っての通りだ。(ここでは簡潔に記した)

歴史のプリズムが放つ光は一つではない。

Embarrassing Comments on Facebook
Duncan Cradden is particularly adept at embarrassing himself. Example from my recent post referencing the memoir, "BURMA to JAPAN":
Mr. Cradden writes: "This story is clearly nonsense and is not even a firsthand account!"
False: It is a memoir. A definition of the word "memoir": a historical account or biography written from personal knowledge or special sources.
Whether or not the memoir is accurate is unknown but it is a piece of information worth laying on the table for discussion.
Mr. Cradden writes: "Michael even thinks the Indian author was there - when he clearly was not and does not claim to be."
More embarrassment for Mr. Cradden The Indian author wrote, "An incident we witnessed..."
Mr. Cradden, who is British, might not like the words written by the Indian author, or that the United States and Japan both helped India achieve independence. 
This is understandably traumatic and emotional for people who lost vast empires. But these emotions do not change that this information -- correct or incorrect -- is worthy of discussion in a non-emotional atmosphere. 
A reality that angers many western former imperialists in Asia is that Japan actually did set conditions for independence in numerous countries, and then local groups rose up, and then the United States helped seal the independence.
After World War II, imperialists such as the UK, France, and Netherlands wanted to sweep back in gobble up the spoils, but Japan had left behind the seeds of independence, the movements grew, the United States kept the imperialists at bay, and the rest is history. (In a nutshell.) 
There is no single window to the prism of history.





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4 comments:

laughing Salesman said...


興味深い文章です。私の大東亜戦争に関する考えががらりと変わったのも、日本のシンガポール攻略が大英帝国崩壊の遠因を作ったのだな、と気がついたことです。どこで読んだのか思い出せないが、「インパール作戦は確かに悲惨だったが、飢えに苦しみ倒れた日本兵の魂が体を離れてインドに辿りつき、インド独立を成し遂げさせた」という言葉が何かの本に書いてあった。無謀な作戦を責めるのは容易いが、歴史の意義を知るほうが役に立つはずだ。あと、提案ですが、最後の部分の訳は、こうしましょう。

>歴史のプリズムを知るたった一つの機会は存在しない。

歴史のプリズムが放つ光は一つではない。(歴史は複眼的に、様々な角度から見る必要がある、ということ。 no single windowは言葉のあやであって、ヨン様が言いたいのはthere should be multiple windows to view the historyの意ではないか。)

Laughing Salesman

JP Michael Yon said...

Laughing Salesmanさん

ありがとうございます。
修正いたしました。

Anonymous Writer said...

連合国英雄伝説を頑なに崇拝している頭の固まった人なのでしょうね。どのような歴史的、捏造とは違う、信憑性のある資料が出てきても信じない。信じられない。信じたくない。過去の誤った常識と教育に固執して自分の優位性を保ちたいのでしょう。

塾長 said...

 マイケルが歴史正常化に向け、どんなに過酷に立ち向かっているかと言うことを安倍総理に知ってもらいたいので、マイケルの旧日本軍関係の記事を出来る限り翻訳して私のブログに掲載します。安倍総理は私のブログの読者ですから。


前々回投稿のマイケル記事の詳細追加です。

マイケルのアジア解放論 第4弾です。マイケルのブログから引用です。マイケル そして翻訳スタッフの皆さん、ありがとう。


http://michaelyonjp.blogspot.jp/2015_09_01_archive.html


マイケルは当時の日本陸軍がいかに軍律厳しい軍隊であったかを示す例として、あるインド人青年(安濃注;恐らく日本軍とともにインド独立のために戦ったインド国民軍関係者)が書いた本の記述を引用した。そこにはインド人の目撃談が書かれていた。その内容とは、軍曹あるいは伍長クラスの憲兵が公用車に二人の売春婦を同乗させて通り過ぎようとする佐官クラス(大佐)の日本軍人を呼び止め停車させた。 そして、女に降車を命じると、さらにその大佐にも車から出るよう命じた。憲兵は大佐へ敬礼すると、けん責し、往復ビンタを喰らわした。その間一分ほどの出来事であった。その後憲兵は逃げようとする二人の売春婦の後を追った。大佐はしばし項垂れ屈辱を噛みしめると車に戻り走り去った。(以上、安濃翻訳要約)

安濃注;この話は旧日本軍憲兵は例え上官であろうとも、軍規違反を見逃すことはしなかったと言うことを示している。部下にビンタされた大佐にすれば、腹立たしいことではあろうが、ビンタですむなら受け入れるしかない。軍法会議にかけられるよりはましであるから。憲兵に言わせると、天皇陛下から賜った軍用車に売春婦を乗せ、陛下から賜った貴重なガソリンを私用に使うなどもってのほかと言うことである。

マイケルのこの記述にたいして、インド、ビルマの旧宗主国であるイギリス人がそのインド人は嘘つきであると噛みついてきた。それに対するマイケルの反論である。翻訳はマイケルの翻訳スタッフ。

2015年9月8日火曜日




フェイスブックへのばつの悪いコメント




ダンカン・クレエデン(Duncan Cradden)は自分の墓穴を掘るのに熟達している。最近の私が書いた回想録「ビルマから日本へ」から例をとる:




クレエデン氏のコメント「この話は明らかにナンセンスだ。直接自分で得た情報でも無い。」




間違い。この本は回想録だ。定義によると「回想録」とは,過去の出来事について、その関係者の知識や特別な情報源に基づいて著者が回想して記述した記録である。




もちろん回想録の内容が正確なのかどうかは一般にはわからないが,それは机に広げて皆で議論するのに価値がある情報だ。




クレエデン氏は,「マイケルは,そのインド人の著者がまるでそこにいたかのように考えている - 明らかに彼はそこにいなかったし,そこにいたとも言っていない」と書いた。




これはクレエデン氏にとってのばつの悪いコメントその2だ。そのインド人の著者は「我々が目撃した出来事・・・」と書いている。




クレエデン氏はイギリス人だ。インド人の著者によって書かれた文章は嫌いだろう。インドが独立を勝ち取ることに米国と日本の双方が手を貸したことも気にくわないだろう。




極めて広大な領地を失ってしまった帝国の民として,この手の話に深く傷つき感情的になってしまうのも無理も無い。しかしそれらの感情はこの情報を変えることはない。 — 正しいか正しくないか — これは感情的にならずに議論するのに価値ある情報だ。




西洋のアジアにおけるかつての帝国の民の怒りの正体は,日本が非常に多くの国が独立してしまう条件を実際に整えてしまったことだ。住民達は一斉に蜂起し,米国もその独立が確定するのを助けた。




第二次大戦後,かつての帝国,すなわちイギリス,フランス,オランダは以前の占領地を再びがつがつと食い荒らすために引き返してこようとした。しかし日本は独立の種をまいていた。独立の動きは加速し,米国は帝国主義者達がやってくるのを食い止めた。あとは知っての通りだ。(ここでは簡潔に記した)




歴史のプリズムが放つ光は一つではない。